「もっといい机がないか」「効率化グッズはほかにないか」なんて、よりよい作業環境を延々追求し続けてしまうことってありませんか?
似たようなことは作曲家のモートン・フェルドマンもやっていたそうで、そんな完璧主義は早々に手放したいものだ、って話です。
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TL;DR
完璧主義になって作業環境をいつまでも追求し続けるのは時間のムダなので、まず自己批判精神を和らげたい。
天才「モートン・フェルドマン」の日課
タイトル通り過去の偉人たちの1日のスケジュールを寄せ集めた『天才たちの日課』という本を読んでいます。そこで出てきたおもしろいなって思った一文がこちら。
一九六五年のエッセイで、フェルドマンはこう書いている。「私はときどき、仕事をしやすくするためにどうしたらいいか、具体的にいろいろ考えることに夢中になってしまう。何年ものあいだ、私はこういっていた。すわり心地のいい椅子さえ見つかれば、モーツァルトにも匹敵する音楽家になれるのに、と」
ここでいうフェルドマンってのは、アメリカの作曲家の一人である「モートン・フェルドマン」のこと。この本を読むまで知らなかった人物ですけども、それなりに有名な方なんですね。
んで、彼が言っているのは、いわば「最高の作業環境を追求するのに没頭してしまう」ってことでしょう。本職である作曲に取り組むでもなく、周囲の環境をベストなものにすべくいいモノ探しに熱中してしまうってことですね。
定期的に完璧な作業環境を探してしまうことがある
実は私も、同じような経験をしたことがあります。彼の名前をとって「フェルドマン効果」とでも名付けましょうか。
「もっといい執筆環境はないか?」
「もっと集中できる家具の配置があるんでは?」
「もっと使いやすいアプリで置き換えられないか?」
みたいなことを、ずっと考え続けてしまうことがよくあるんですよね。私の場合は本職である書き仕事を効率化するためのものですんで、決してムダな行為ではないでしょう。
しかし、あまりにも作業環境ばかりに目を向けて、本来の仕事がおそろかになってしまうのは考えものです。なんとか防止できないものでしょうか。
完璧主義を手放すためには?
思うに、これも完璧主義の弊害なのでしょう。作業環境にも完璧さを求めるからこそ、いつまでも満足できずよりよいものを追求し続けてしまう、と。
であれば、先に解決すべきなのは完璧主義を手放すことになりましょう。とはいっても、完璧主義を手放すのはなかなか難しい問題です。ここは我らがパレオの兄貴に助言を求めてみましょう。
「パレオな男」ブログのこちらのエントリーが参考になるかも。「セルフコンパッション」が役立つかもしれないって話ですね。
要は、自分を優しくいたわろうってのがセルフコンパッションで、自分の失敗に対してネガティブになるんじゃなく、まるで親友をなぐさめるように優しく接してみることが有効かもしれない、と。
「ついつい完璧を求めてしまう自分がイヤになる」
『でも、そんな性格にもいい面もあるんだし、気にせず受け入れてあげたら?』
みたいに考えることってイメージすればいいかも。完璧主義+自己批判がセットになると最悪ですんで、まずは自己批判精神の方を和らげていきたいですね。
まとめ
以上、より効率的な作業環境を探し続けてしまう「フェルドマン効果」を遠ざけたいって話を書いてきました。
なお、フェルドマン効果ってのは私の造語ですんで、検索しても詳しい情報はヒットしませんのであしからず。
ひとまず完璧主義を手放す前段階として、自己批判精神をなんとかしていきたいですね〜。