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「昨日の自分に教えたいこと」をテーマに書き散らしてます

人に親切にするのは好きだけど、人に親切にされるのは嫌いな理由

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私は日頃から、他人に恩を売られるのを避けるように心がけています。他人に親切にしてもらったり、借りを作ったりすることを回避しているわけです。

かといってまったく人との関わりを持たないわけではなく、他人への親切は積極的にするようにしています。なぜそんな行動をしているのかについて書いていきます。

返報性の原理

人は誰かに親切にしてもらうと、ついお返ししたくなるものです。スーパーの試食コーナーで何かの食品を食べさせてもらうと、なんだかその商品を買わなきゃいけない気になる…ってのは、誰でも経験があるでしょう。

同じように、誰かに借りをつくってしまうと、その相手になんらかのお返しをしないといけないって感じるようになります。いわゆる返報性の原理ってやつですね。

もちろん二人の仲が良好なら悪いことではないでしょうが、問題はそうでなくなった時です。意見の食い違いで対立したりケンカになったりした時、もし相手に借りがあったら自分を押し通すことができなくなります。

要は自由を奪われるってことですね。相手に返さないといけないっていう思いから、自分の行動が制限される。それを嫌って、私は借りを極力つくらないようにしているわけです。

「借りをつくらず、貸しをつくる」

空気を読んではいけない

空気を読んではいけない

私がこんな思想を持つようになったのは、『空気を読んではいけない』って本を読んでからでした。

どれだけ 些細 な借りであっても、すぐに返す。「これでイーブンだな」と必ず口に出して、その都度清算したことを確認するようにしている。

借りをつくることを避ける一方で、貸しをつくることに関して言えば、つくれるだけつくればいいと思っている。
なぜなら、縛られることがある借りと違って、貸しだとしたら「お前なんかもう知らねえよ」と、こちらが一方的に突き放せるからだ。

これは『空気を読んではいけない』に書かれている文章です。この文章を読んで、なるほど確かに!って思ったのがきっかけで、以来借りをつくらず、貸しをつくるように意識しているところ。

人助けはしても、人に助けられずに生きていきたい

借りをつくらないってのは、利己的になるのとは違います。むしろ利他的であるべきってのが私のスタンス。というのも、利他的に他者に親切にすることは、貸しをつくることにつながるから。

借りは私たちの自由を制限し、行動を狭めてしまいますが、貸しはむしろピンチの時に助けてもらったり、あとで恩返ししてもらえる可能性があるわけですね。

なので親切な行動や利他的な行動を、私は率先して行なうようにしています。親切にすること自体も気持ちがいいものですしね。

理想論だってことは重々承知しているものの、願わくは人を助けはしても、人に助けられはしない人生を歩みたいものです。